(拙訳)長年無視されてきた経済理論が見直されている

2016年3月14日づけで、Bloomberg Businessサイトに掲載された記事を拙訳し、ご紹介します。※元はhttp://alicewonder113.blog.fc2.com/blog-entry-92.htmlに掲載していたものをこちらに移転しました。


長年無視されてきた経済理論が見直されている

伝統的信念が焚火に投げ込まれる大統領選の時期にも、あるタブーが生き残っている。国家債務が危険だという信仰だ。

反体制派の経済学者たちが、この信仰をも焚火に投げ込もうとしている。

いまこそそれにふさわしい時期だ。また、これは米国に限った話というわけでもない。マイナス金利や、新規発行貨幣を直接消費者に届けるヘリコプターマネーなど、中央銀行は、何かしら役に立つものが残っていないかと、道具箱をのぞき込んでいる。中銀のあらゆる工夫にも関わらず、先進国の経済はなかなか回復していない。

政府がリリーフに立てという声が高まっている。多くのエコノミストや金融のトップがその声に合流しはじめた。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーターのトップであるレイ・ダリオ、そしてジャヌス・キャピタルのビル・グロスは、政策が曲がり角に来ており、より大きな債務に頼るべきだという。

「投資家かいわいでさえ、金融政策は一種のタマ切れと認識されている」と、NYのスタンダード・チャータード銀行のエコノミスト、トーマス・コスタグは話した。「いまや財政政策が焦点になっている」

独自通貨

現代貨幣理論(MMT)からすれば、最初からそうすべきだった、というところだ。独自通貨を持つ国家の政府支出について、非伝統的な意見を持ち、経済思想の片隅にいた、20年以上前からのそれなりに古い理論がいま、見直されてきている。

MMT理論家によると、そうした国家は財政危機のリスクを持たない。債務はドルや円になるだろうが、ドルも円も、自分たちで独自に作り出すことができる。つまり、債務に見合った金を作れる。だから、徴税も、国債発行すら必要ない。

これによって長期的にどうなるかということを、多くのエコノミストは懸念している。

「自分が債務を消費することについては何の問題もない」と、ソシエテ・ジェネラルの主任エコノミストであるアネタ・マルコウスカはいう。「しかし、政府が無限に金を刷って、無限の、莫大な債務を運用するとなると、あっという間にタガが外れるのではないか」

そうした懸念に、MMTはこう答える。「無限ということにはならない。今度は、実質的なリソースが制約となる。道路をつくるのに、どれだけ労働力が必要かということだ。徴税は、通貨への需要を確保し、経済の過熱を冷ますのに有効なツールだ」しかし、MMT理論家の考えでは、インフレが引き起こされることにまでならない。

米国は、2008年の危機以降、劇的に財布のひもを緩めてきた。翌年には、GDPの10%の国債を発行した。これは昨年までに、GDPの2.6%、4390億ドルにまで縮小した。

議会予算局は、今後数十年で、ベビーブーマーが引退するにつれ、社会保障費が増えるため、ギャップが広がると予想する。このリスクは、財政タカ派に良く言及される。

主流派のハト派は、長期的な警告は受容するにせよ、歴史的な低金利について指摘する。投資家は債務について今のところ心配していない。それならどうして遣わないのか?と。

MMTはもっと踏み込んでいく。問題は、誰が耳を傾けるか、だ。

「彼らは中央銀行や、財務関係の大臣や省庁から排除されている」と、ワシントンのピーターソン世界経済研究所の特別研究員、ジョー・ギャニオンはいう。ギャニオンは、すべてのMMT理論に同意しているわけではないが、世界景気は「MMT勢が影響力を持つには良い時期だ」と思える程度に弱含んでいる。

理解者を両手両足で数えた日々

MMTは今、異端扱いされているように見えるが、ミズーリ・カンザス市立大学の経済学教授ランディ・レイによれば、この理論がほとんど認定されなかった時代があった。

1998年に「現代金融解説」を書いたレイは、同意見の同僚の中で、どれだけの人がこの理論を理解したか数えたものだと語る。「10年後には、両手両足も使わないといけなかった。」

いまでは、ブログのおかげで、世界中に何千人もの理解者がいるという。特に、イタリアやスペインのような、経済難に見舞われている国々で。MMTは、統一通貨の宿命について早くから指摘してきた。金融の国家主権がなければ、危機において国家は役に立たなくなる。

米国では、少なくとも一人の大統領候補が、MMT理論に耳を傾けている。バーニー・サンダースのアドバイサーの中に、MMTのリーダー的存在がいる。サンダースが上院予算委員会に雇ったステファニー・ケルトンとジェームズ・K・ガルブレイスである。ガルブレイスの父親は、ジョンソン大統領の「偉大なる社会」構想に貢献したジェームズ・K・ガルブレイスである。

普及へのハードルは高い

この組み合わせは合理的だ。サンダースは、医療、教育、インフラに巨大な投資を約束している。財政のゆるみよりも緊縮の方が危険と見るエコノミストとは、相性が良い。

しかし、選挙運動に行ってみると、このバーモント州議員が「債務のタカ派」であり、支出計画は増税とドル単位で合わせられていることがすぐにわかる。

「彼は理論には興味がない」と、サンダースの政策ディレクターであるウォレン・ガンネルズは話す。「彼は、中間層を立て直し、賃金を上げ、他の先進国のどこよりも高い貧困率を必ず下げられる方法に興味がある」

つまり、MMTエコノミストを抱えた左派の候補でさえも、この主義主張を支持するにはいたっていないということだ。かようにこの理論の普及は難しい。

家計と政府債務のアナロジー

反論する人々は、金を刷れば国は最終的に、ジンバブエのようなワーストケースシナリオに陥ると論じる。貨幣発行が通貨価値を毀損し、紙幣から0がはみ出してしまうというのだ。

ベネズエラの過度な消費は、昨年、180%のインフレをもたらした。日本の場合はもっと複雑だ。長年の債務は、国債購入者を脅かしてもいないしインフレの発散も起きていないが、経済成長ももたらしていない。

バージニア大学の政治学教授ジム・サベージによれば、アメリカには特に、財政規律へのこだわりがある。これは米国の初期からみられるもので、「長年にわたり、英国にさかのぼる中央集権政治への恐れ」が、組み込まれているという。

レイは、アメリカ史には、それとは異なる考えが広まった時代があるという。第二次世界大戦では、米国の権力者は、長年忘れられていたことを学んだ。「常に労働可能な失業者はいて、彼らを働かせることができる」

サベージは、アメリカ人は歴史的に、家計と国家債務を結びつけて考えがちだという。このカテゴリーエラーはいまでもはびこっている。

2010年、政府職員への給料凍結を決定したとき、オバマ大統領は「中小企業や家庭は節約している。政府もそうしなければ」と語った。

このコメントに顔をしかめるのは、MMT理論家だけではない。多くのエコノミストが、家計が節約しているときには、需要の落ち込みを防ぐために、政府は逆のことをしなければならないと考えている。

しかしながら、この論議は、議会ではあまり影響力がない。連邦政府が、回復を持続するために、あまりにも多くの重荷を負ってきたからだと、ソシエテ・ジェネラルのマルコウスカはいう。

「金融緩和の決定をする場合には、一握りの人々の決定で済む。財政刺激に政治的合意を形成するとなると、もっと苦労することになる」

レイは、前回の景気の落ち込みの後、世論が変化することを期待した。大恐慌の後に、ケインズ経済学が台頭し、ニューディール政策が実施されたように。しかし「政策立案者に関していえば、実質的には何も変わっていない」という。

「国民の方に、変化が起こったと思う」と彼はいう。サンダースと共和党ドナルド・トランプの反体制運動は、考え方を変える一打となると。

「稀な経験」

ほとんどのエコノミストは、米国が直近で不況になるとは予想していない。しかし金融市場の混乱や、アメリカ政治の大騒ぎが加わり、誰も経済の不調に処方箋を見出していないという認識は強化されている。

超党派制作センターの副センター長である共和党のビル・ホーグランドは、議会予算局と上院予算委員会で、40年にわたり、米国の財政政策形成に携わってきた。

彼は、インディアナの農場での厳しいしつけによって、「ベルト地帯の外側の多くのアメリカ人に、いかに支出と収入をバランスしなければならないという考え方が染みついている。」かわかるという。政府債務は違うものだということは、彼は認める。長期的にバランスする限りにおいては、現在は需要を支えるため、債務を増やしてもいいだろうと考えている。

ホーグランドは、何よりも、根本的な変化が水面下で起こっていることがわかるという。2008年の「破壊的なイベント」は、過去に10回も起きていないような形で、アメリカの政治を変えつつある。経済学の正統派もヒットをくらっている。

「我々は、すべての経済理論が試されるという、非常に稀な経験をしつつある。」と彼は語った。

人民元売りは中国売りか

今年1月、ダボス会議で行われたブルームバーグのインタビューに対し、著名投資家ジョージ・ソロス氏が「中国経済のハードランディングは不可避」と発言し、同時にアジア通貨の売りも宣言したそうです。

この発言に中国の新聞は猛反発し「中国を空売りする者は必ず敗れる」などと、一斉に反応したとのことです。
参考:ジョージ・ソロス氏に「経済のハードランディング」を指摘され、逆ギレした中国の狂乱ぶり…

確かに、最近、様々なメディアで、中国の債務比率が拡大しているという警告が報道されたり、実際に中国重工業セクターの企業がいくつも債務不履行に陥るなど、中国経済には暗雲がたちこめているようです。

ジョージ・ソロス氏は、1992年のポンド暴落や、1998年のアジア危機をしかけた人物としても有名で、経済危機予測に関しては一目置かれています。

とはいえ、こうした予言は、当たれば人々の記憶に残りますが、当たらなければ記憶に残らないものです。

たとえば、ソロスひきいるヘッジファンドが2011年12月にイタリアの国債を大量に購入した直後、イタリア国債の利回りは下がり始め、2013年に4%台に落ち着きました。その年の5月にソロスは「過去数カ月にわたってイタリア国債利回りを押し下げていた市場の回復局面は長く続かない」と話しました。ところが2014年になると利回りは急降下、10年ものの国債利回りは、現在は1.535%になっています。

ソロスの予言といえども、当たり前のことではありますが、100%当たるわけではないということです。

中国の場合、他の先進国と異なり、一党独裁の社会主義国家であり、これまでの経済学の常識が効かないという話もあります。

それに、そもそも1992年にポンドが暴落したあと、イギリス経済はひどいことになったでしょうか。それどころか、1990年から2006年の間に、国民一人当たりの所得水準は、大幅に上昇しました。各国を比較した2015年のデータでも、日本よりもはるかに上位に位置しています。
参考:世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング

ソロスは1998年のアジア通貨危機を見通していたわけですが、アジア地域の経済は、むしろ、通貨危機の後に好況を迎えました。

つまり「通貨売り」イコール「その国売り」とは言えないのです。

中国はインフラ投資だけでなく、研究開発や教育への投資も非常に積極的です。今後は破壊的イノベーションが、中国から生まれる可能性は高いでしょう。

アメリカの経済学者タイラー・コーエンもこれに関しては「中国も人件費が高くなってきて、製造業の雇用がこれ以上アメリカから中国に流出することはないし、中国人の技術開発もすごいから、今後は中国人が新しくてすごいものをどんどん発明して、アメリカ人も恩恵を受けられるかも知れない」と楽天的です。
参考:Why There’s Hope for the Middle Class (With Help From China)

マクロ的にはあまり悲観的にならなくて良いようにも思いますが、かといって、個々にはそれなりに危機は起こるでしょう。それらに対して中国当局がどうコントロールしていくのかが見ものです。

 

中国はバブルなのか、それとも。。。

4月20日のウォールストリートジャーナル社説で、中国企業のデフォルトがたてつづいて起こっていることが報道されました。

去年の2015年6月、中国株式市場が大きく落ち込んだことは、まだ記憶に鮮明です。それ以降、株はリスクが大きいということで、投資家の多くが、より安全と思われる社債の市場になだれ込んだそうです。

中国で社債が安全に思われているのは、債務不履行になる前に、中央か地方政府が支援すると信じられてきたからです。ところが中央政府はいま、返済資金の調達を銀行融資に頼っている「ゾンビ企業」を退場させると公言しているそうです。

そして、大連の東北特殊鋼集団は3月末、約140億円の債務不履行に陥りました。さらに、国有企業を統括する国務院国有資産監督管理委員会(国資委、SASAC)によって管理されていた中煤集団山西華昱能源という会社もまた、3月6日にデフォルトに陥りました。これらは「ゾンビ企業を一掃する」という政府の決意が示された出来事といえます。

一方、こうした政府の対応は十分なものではなく、中国はバブル崩壊へ向かってまっしぐらに進んでいると見る意見もよく見られます。

さてどうでしょうか。

中国政府は、WSJの記事によると「不動産デベロッパーに気前よく融資するよう銀行に促し、国有企業などに道路や空港を新設するよう後押しした。」とのことですが、これは興味深いことです。

銀行が貸し出すときに、お金は創られます。そうして創られたお金が、債務不履行になって、返済の必要がなくなると、社会全体でみると、お金の量は増えます。(ただ、債務不履行になる場合、債務当事者にとっては大変なことですが。。。)なお、返済された瞬間に、貸出によって創り出された分のお金は消滅してしまいます。

中国は、最近、「一帯一路」という、現代版シルクロード的な構想を打ち出しています。中国からヨーロッパまでの途中のインフラを整備し、貧困国を巻き込んで貿易と経済を活性化しようという試みですが、債務でお金を創り出したあと、金融の秩序を破壊しない程度に債務放棄しながら、近隣にばら撒いていくと、結果的に中国の政策は、貧しい国々を豊かにすることができるかもしれません。

ハラハラしながらも注目していきたいところです。

 

 

消費活動活発化の兆し!?「主要銀行貸出動向アンケート調査」

本日、日銀から、「主要銀行貸出動向アンケート調査」が公開されました。年4回のペースで公表され、2000年から続けられている調査です。

主要銀行貸出動向アンケート調査一覧

まず、「主体別資金需要判断」を見ると、企業向けの資金需要は、バブル崩壊とリーマンショック後に激減しており、企業がこの間、お金を借りずに返していたであろうことがわかります。リーマンショック後は、個人向けの資金需要も落ち込んでいて、唯一、地方公共団体向けの資金需要だけが健闘していました。

20160421-01.jpg
図1 日銀「主要銀行貸出動向アンケート調査」より

しかしリーマンショック時、および2014年の消費税増税直後を除き、個人向けの資金需要は常にプラス圏を推移しています。

個人向け資金需要を、住宅ローンと消費者ローンに分けたものが下の図である。2005年前後、アメリカがサブプライムバブルだったとき、日本でも住宅ローン需要が堅調だったことがわかります。

20160421-02.jpg
図2 日銀「主要銀行貸出動向アンケート調査」より

一方で、2000年~2012年まで、消費者ローンの需要はずっと低調です。2012年になってようやくはっきりとプラス圏に移動しています。2014年4月の消費税増税後、住宅ローンの需要は芳しくありませんが、消費者ローンの需要はむしろ堅調となっています。

物価上昇のわりに賃金が上がらないので、みな、借金をしているのでしょうか。

アンケートは「資金需要が増加した要因」も聞いています。回答数が少ないので何とも言い難いのですが、消費者ローンの要因を見ると、一位は「個人消費の拡大」で、次点で「貸出金利の低下」となっています。

20160421-03.jpg
図3 日銀「主要銀行貸出動向アンケート調査」より

家計は苦しくなっているのか、それとも消費活動が活発になっているのか、判断しかねるところですが、住宅ローンばかり需要が大きくて、消費者ローンが非常に低調だった2002年~2005年と比べると、現在の方が、消費活動は活発であるように思われます。

いまの日本に「消費増税・投資減税」は不適切

デール・ジョルゲンソンなるアメリカの経済学者が、4月20日のロイター記事で「(日本の)消費増税・法人税減税」を主張している。

オピニオン:消費増税・投資減税はなぜ必要か=ジョルゲンソン教授

この人はハーバード大の偉い人だそうなのだが、日本に対する意見は、どうも昔から常に「改革」「規制緩和」「民営化」であるようだ。もちろんTPP大賛成である。

「日本が今、取り組むべきことは、低生産性産業に眠る成長のポテンシャルを見出すこと」「重要なことは、効率性向上を目指して「働き方改革(Working Style Reform)」を進めること」「生産性革命のためには税負担の投資から消費へのシフトが有効だ」といっている。

日本の生産性が低いのは、物やサービスの値段が低いからであって、一定時間にどれだけたくさんのサービスを提供できたかといったような、効率性とは何の関係もない。それになぜ、法人税減税して消費税増税すると、生産性が上がるのだろう。

金持ちに資本をより多く集めれば、より多く生産が行われるみたいな、供給側を重視する考え方なのだろうか。

むしろ、いま世界で起こっていることは、貧乏人から金を削りすぎてしまい(もしくは低所得者に対する公的サービスが不足していて)、大勢の人が買いたいものが買えず(需要が低下)、モノやサービスが売れそうにないので、企業が設備投資しなくなっているという、需要側の問題である。モノやサービスが売れないから、値段も上がらない。値段が上がらないから「生産性」の数値が上昇しない。

ジョルゲンソン氏はすでに時代遅れの考え方をしているように思われる。

ひょっとすると、アメリカの企業が、日本の金融・保険、電力、不動産にどんどん入れるようにして、金を儲けさせたくて、それに都合の良いことしかいっていないのではないか、とか勘ぐりたくなる。

(過去の発言)
「日本経済の生産性引き上げと財政改革は不可分」(2015-07-27)
日本経済の「3つの大きな命題」=デール・ジョルゲンソン教授(2012-03-01)