経済成長とは何か?

Facebookの「Positive Money UK」というアカウントをフォローしていたところ、「地球の資源は有限なので、これ以上経済成長を追い求めるべきでない」みたいな記事がシェアされてきました。Positive Moneyの人たちって、民間の銀行から信用創造の機能を取り上げて、民主的な使い方をできるようにしよう、っていう人たちで、地球の資源の有限性と経済成長を絡める説には慎重なはずなのになんで??と思ってコメント欄見たら、Positive Money派っぽい意見があったんでご紹介。

経済成長とは何か?経済成長は、借り入れられ、そして経済に投入されたマネーの合計として測られる。これまでは我々の生産性が指標とされていたが、製造業を売り払い、賃金が伸び悩む時代に、我々は十分に生産したり獲得したりしていない。マネーは債務の発生によって、無から創られ、GDPに追加されて、それが成長と呼ばれる。そうした債務が返済されると、その分のマネーは経済システムからなくなってしまうので、また債務が創られることになる。これによってあたかも常に成長しているように見える。

とりあえず紹介のみにて失礼。

原文→

Growth, what is it? Growth is measured by the amount of money borrowed and spent into the Economy! It used to be measured by our productivity, but since we sold off all our manufacturing and wages have stagnated, we don’t produce / earn enough! Money is created every time a loan is made, from fresh air, it’s then ADDED to our GDP and called Growth! Because once these loans are repaid the money is no longer in the system, we need to create more. This makes it appear we’re in constant growth! >>>>> This is the money tree!!

井手教授のいう「新しいリベラル」がちっとも新しくない件

井手英策・慶應義塾大学経済学部教授の記事「(あすを探る 財政・経済)中の下の反乱、食い止めよ」を読んでみた。

hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)の「水島治郎『ポピュリズムとは何か』」   のコメ欄に紹介されていたり、ツイッターで話題になっていたので読んだが、どうにも論理がわからなくて混乱している。

記事は、「「一億総中流」を信じ続ける時代は一体いつまで続くのだろうか。」と始まり、「この20年で中間層の多くが低所得層に加わった」と続ける。

井手氏の考えでは、今の日本は「財源が限られ、給付に所得制限がつき、財政が低所得層の利益で固められている。」しかし、「持てる者から奪い、弱者を助けるやり方では分断を深めてしまう」

そこで以下のように論じる。

中の下の反乱を食い止め、中低所得層に連帯をうながす方法、それは、すべての生活者のニーズを満たし、増税への合意を引き出し、生活と財政の将来不安をともに払拭(ふっしょく)することだ。既得権をなくし、分断を無意味にしつつ、納税者の受益を強め、税への反発を和らげるのである。

 そこで、消費税の再増税に向け、2%の使途を財政再建から生活保障に切り替え、受益者を大胆に増やしてみてはどうか。財務省には厳しい案だろう。だが、受益が実感され、租税抵抗が弱まり、次の増税への道が切り拓(ひら)かれれば財政の歴史は変わる。分断社会と財政危機を終わらせる。今こそ新しいリベラルの出番だ。

「(あすを探る 財政・経済)中の下の反乱、食い止めよ」より引用

 

「今こそ新しいリベラルの出番だ。」なかなかいさましいですな。

いさましいのはいいが、そもそも今回の消費税増税は「社会保障と税の一体改革」ということで、全額、社会保障の充実と安定化に使われる予定のものだった。その使われ方がまずいですよというなら話はわかるが、「2%の使途を財政再建から生活保障に切り替え」るべきと言われても、今の方針と何が違うのかちっともわからない。

それに、財政再建の優先順位をいったん下げましょうというなら、なんで増税が必要なのかもわからない。国債発行でもいい。国債の方が景気を痛めつけないのでずっと良い。景気が良くなった方が、財政再建しやすいし、インフレになってから増税すれば、インフレを是正する効果も期待できる。

井手氏の記事をまとめると「消費税を2%上げて低所得者からも万遍なく税をとって、所得税累進性をなくして中高所得者層にも恩恵を与えれば社会が安定する」?こうですかわかりません。

あるツイッターの方が、氏の共著『分断を終わらせる』を読んで、次の図を紹介していた。

出典:https://twitter.com/Bulldog_noh8/status/773326696200056832

 

もしかすると井手氏は話をわかりやすくしようと、単純化して説明しているのかも知れないが、ますますわからない。

まさか現状が左だ、と言っているわけではないと思うが。

現状は、年収200万円でも税やら社会保障合わせて年間数十万円取られているし、医療や道路などのインフラを考えれば、貧困でも富裕層でも公的サービスを同様に受けられており、そして単に年収200万円というだけでは何ら特別な給付はないので、右の絵に近いと思う。

あと、中高所得者層の例として2000万円というのもずいぶん極端だ。一般的に年収2500万超えると超富裕層の扱いだと思う。せめて「中高」というくくりならば、例としては800万円ぐらいで考えればよいのにと思う。

私は日本はもう少しGDPに対する政府支出の割合を大きくしてもいいと思っているが、別に消費税にこだわらないし、時期についてももう少しタイミングというものがあると考える。

2016年5月16日付の「政府税制調査会海外調査報告(オランダ・ドイツ・スウェーデン)」 の参考資料「国民負担率(対国民所得比)の内訳の国際比較」(下図)を見ると、日本は個人所得課税が他の先進国に比べると圧倒的に低い。大きな政府で福祉社会をめざす人が、消費税だけを主張するのはなぜなのかちっとも理解できない。

 

井手氏の記事では「新しいリベラル」と書かれているが、かつての民主党を含めた三党合意で社会保障と税の一体化にもとづく消費税増税が決定され、安倍政権のもとで実施され、2012年度に国民負担率40.5%だったものが2015年度予算では43.4%になるとのことで、別にリベラルでなくても与党が粛々とやっている。どこが「新しいリベラル」なのかわからない。

そしてこの増税と、財政緊縮のおかげで景気はちっとも回復できていない。

景気回復後にじわじわといろんな国民負担を増やして、10年後ぐらいにオランダ程度にもっていくのは全然反対しないのだが。

立命館大学経済学部教授の松尾匡氏のパワポスライド「反緊縮時代の世界標準経済政策」を見ると、「GDPは政府支出の推移をなぞる」とのことなので、消費税増税しても十分に財政出動すれば景気は持ちこたえるかも知れないが、左派の中でさえ緊縮派が幅を効かせる日本では、到底、国債増発によって財政を増やせる見込みがない。

 

ひとびとの経済政策研究会 パワポスライド「反緊縮時代の世界標準経済政策」より

 

実際のところ井手氏のような考えは「新しいリベラル」ではなく「古いリベラル」だと思う。新しいというなら、松尾氏のように、金融緩和や反緊縮を訴えるぐらい、既存の流れを変えてほしいものだ。

そのことによって、中の下~中の中までの7割のひとびとの可処分所得を改善し、さらに5%の貧困層への生活保障を充実しながら、多少のインフレを実現することによって将来不安をなくす。そうして初めて、中高所得者層も安心して税を担い、全所得階層への公的サービスを拡充することができると思う。

2015.8.28付の税制調査会資料「日本の格差に関する現状」を見ると、日本は格差が拡大しているとまでは言えないが、経済停滞により貧困層の増加が懸念されている。ここまでの認識は井出氏と同じだ。

しかし、結論を一気に消費税増税には持ってきていない。「経済の成長力を高めることによる「パイ拡大」が、所得の向上、貧困対策にも有効」と結論づけている。その他の論点も大変納得できるものだ。

  • 経済が上向いた時期に格差議論が高まる傾向(株価上昇による資産増や非正規雇用増などが要因とみられる)
  • 経済停滞の中では、格差拡大は抑制されても中間層の衰退・脱落や全階層のトータルなシフトダウンが生じている可能性
  • 格差への対策とともに経済活性化による所得の全般的な底上げが焦点に
  • 景気回復の流れを広く波及させていく環境づくりを進めていかないと、格差や格差感が先行き拡大してしまう懸念

そしてパイの拡大だけではなく、下図のように複数の観点から対策が必要だという。(トリクルダウンという言葉の使い方が独特だが、下記の定義(賃上げ、雇用拡大等好循環の形成のための環境整備、地方創生、中小企業対策)なら違和感はない)

「新しいリベラル」に必要なのは、あらためて経済の重要さに着目すること、パイを拡大しながら格差対策を同時に行うこと、そして各施策を自民党よりももっとドラスティックにしていくことではないだろうか。

たとえば「失業時の所得保障」などについては、現政権のもとでちまちまと自発的退職時の給付期間延長が議論され、どうもこれすら実現しない様子で、それどころか雇用保険の積立金が余ってるので保険料減額などやっているが、自発的退職であっても最初から給付するぐらいの法制度改革をどんどん提案してほしい。

「日本の格差に関する現状」より

 

(追記)お名前の漢字を間違えていたため修正しました。

 

象からソ連と日本を取り除くと、象の姿が崩れる

ツイッターで良く炎上を起こすLINEの某氏が、最近、グローバリゼーションの話題に触れて、また炎上を起こしていました。
https://twitter.com/tabbata/status/791067716769591297

先進国の住民が1人没落して困窮することで、発展途上国の住人は数人が、困窮レベルから、中産階級のローエンドくらいには来れるので、先進国での格差拡大は、全世界的には格差縮小になっている、と何度言ったらわかるのだろうか。これ、良い悪いの価値判断を超えた事実記述的な言説なのだよね。

 

氏は、有名な「象チャート」を見て、この感想を持ったそうです。これは仕方がないですね。世間一般によくある認識で、某氏がそうと思い込んでも無理はないでしょう。

象チャートについては、「グローバル経済の「負け組」は日本と旧ソ連圏だけというお話(木村正人)」という記事で、次のように紹介されています。

世界銀行の首席エコノミストだったBranko Milanovic氏と現エコノミストのChristoph Lakner氏の「エレファント(象の)カーブ」をご存知ですか。「この10年で最も影響力を持ったチャート」とも言われています。右側が長い鼻で、象のように見えることから「エレファントカーブ」と呼ばれるようになりました。

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木村正人氏記事より

ところがこのチャートに疑問を持ち、データを調べなおした調査機関があります。上の記事でも紹介されていますが、「格差問題に取り組む英国のシンクタンク、レゾルーション・ファンデーション」(レゾルーション財団)です。

このレゾルーション財団による検証結果について、英国のエコノミストであるフランシス・コッポラ氏が、「西側の低中産階級の停滞はグローバリゼーションのせいではない。責めるべきは政策」という記事で紹介しています。

「MilanovicとLaknerのデータを用いて、レゾルーション財団がチャートを検証したところ、次のことがわかった。グローバリゼーションは確かに何百万人もの人々を貧困から脱け出させたが、それは、西側の下層中産階級を犠牲にしたわけではなかった」

とのことです。

冒頭の某氏が、てっきり事実だと思い込んだことは、実はそうではなかった、ということです。

実は経済学では、良くこういうことがあるので、一見事実に見えるチャートやデータも、まるごと信じてはいけないのです。いつでも、「本当かな?何か変じゃないかな?こういう可能性もあるんじゃないかな?」と、一抹の疑いを頭の隅に置いておくことが、本当に重要です。

どうして象の形になってしまったかというと、このデータが作られている期間は、ベルリンの壁崩壊の直前から始まっており、ソ連の解体(1991)、日本のバブル崩壊(1990)といった、チャートの形に大きく影響する特別な出来事が起こっていたからだというのです。それによって、横軸の60~90ぐらいまでの中産階級が、ひどく没落しているように見えてしまうわけです。

というわけで、日本とソ連をデータから外してみましょう。下の図の赤い線になります。中国も取り除いてみましょう。そうすると、下の図の薄い線になります。ほとんどどの階級も、伸び率は一定になりました。

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つまり、中国の低~中産階級の収入は目覚ましく伸びたが、だからといって西側諸国の低~中産階級の収入が犠牲になったとは言えない、ということなんです。

西側先進諸国と一口にいっても、その中でもいろいろな状況があって、それもレゾルーション財団は分析しています。たとえばアメリカだけとってみると、格差はひどく拡大しているし、確かに中産階級の所得の伸びは停滞してます。しかし、アメリカよりもはるかに移民の多い英国で、低所得者層の所得の伸びが大きいのですから、グローバリゼーションが賃金を低下させるという見方はどうも違うのではないか、という話です。

この部分は木村正人氏の記事にもまとめられており、一節を抜粋します。

EUの低成長国イタリアでさえ、10分位数で分けたどのクラスも年2%前後の成長を達成しています。EU国民投票で「移民に仕事が奪われ、賃金が下がった」と騒いだ英国のボトム10%の所得は年5%近くも上昇していました。英国はEU加盟によって損をしたのではなく、得をしたのは疑いようのない事実です。

 

フランシス・コッポラ氏の考えでは、アメリカの中産階級の停滞については、グローバリゼーションのせいにはできそうになく、むしろレーガン時代の減税だとか、コーポレートガバナンス系の問題などといった、国の政策や規制のあり方が影響しているのではないか、とのことです。

(拙訳)長年無視されてきた経済理論が見直されている

2016年3月14日づけで、Bloomberg Businessサイトに掲載された記事を拙訳し、ご紹介します。※元はhttp://alicewonder113.blog.fc2.com/blog-entry-92.htmlに掲載していたものをこちらに移転しました。


長年無視されてきた経済理論が見直されている

伝統的信念が焚火に投げ込まれる大統領選の時期にも、あるタブーが生き残っている。国家債務が危険だという信仰だ。

反体制派の経済学者たちが、この信仰をも焚火に投げ込もうとしている。

いまこそそれにふさわしい時期だ。また、これは米国に限った話というわけでもない。マイナス金利や、新規発行貨幣を直接消費者に届けるヘリコプターマネーなど、中央銀行は、何かしら役に立つものが残っていないかと、道具箱をのぞき込んでいる。中銀のあらゆる工夫にも関わらず、先進国の経済はなかなか回復していない。

政府がリリーフに立てという声が高まっている。多くのエコノミストや金融のトップがその声に合流しはじめた。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーターのトップであるレイ・ダリオ、そしてジャヌス・キャピタルのビル・グロスは、政策が曲がり角に来ており、より大きな債務に頼るべきだという。

「投資家かいわいでさえ、金融政策は一種のタマ切れと認識されている」と、NYのスタンダード・チャータード銀行のエコノミスト、トーマス・コスタグは話した。「いまや財政政策が焦点になっている」

独自通貨

現代貨幣理論(MMT)からすれば、最初からそうすべきだった、というところだ。独自通貨を持つ国家の政府支出について、非伝統的な意見を持ち、経済思想の片隅にいた、20年以上前からのそれなりに古い理論がいま、見直されてきている。

MMT理論家によると、そうした国家は財政危機のリスクを持たない。債務はドルや円になるだろうが、ドルも円も、自分たちで独自に作り出すことができる。つまり、債務に見合った金を作れる。だから、徴税も、国債発行すら必要ない。

これによって長期的にどうなるかということを、多くのエコノミストは懸念している。

「自分が債務を消費することについては何の問題もない」と、ソシエテ・ジェネラルの主任エコノミストであるアネタ・マルコウスカはいう。「しかし、政府が無限に金を刷って、無限の、莫大な債務を運用するとなると、あっという間にタガが外れるのではないか」

そうした懸念に、MMTはこう答える。「無限ということにはならない。今度は、実質的なリソースが制約となる。道路をつくるのに、どれだけ労働力が必要かということだ。徴税は、通貨への需要を確保し、経済の過熱を冷ますのに有効なツールだ」しかし、MMT理論家の考えでは、インフレが引き起こされることにまでならない。

米国は、2008年の危機以降、劇的に財布のひもを緩めてきた。翌年には、GDPの10%の国債を発行した。これは昨年までに、GDPの2.6%、4390億ドルにまで縮小した。

議会予算局は、今後数十年で、ベビーブーマーが引退するにつれ、社会保障費が増えるため、ギャップが広がると予想する。このリスクは、財政タカ派に良く言及される。

主流派のハト派は、長期的な警告は受容するにせよ、歴史的な低金利について指摘する。投資家は債務について今のところ心配していない。それならどうして遣わないのか?と。

MMTはもっと踏み込んでいく。問題は、誰が耳を傾けるか、だ。

「彼らは中央銀行や、財務関係の大臣や省庁から排除されている」と、ワシントンのピーターソン世界経済研究所の特別研究員、ジョー・ギャニオンはいう。ギャニオンは、すべてのMMT理論に同意しているわけではないが、世界景気は「MMT勢が影響力を持つには良い時期だ」と思える程度に弱含んでいる。

理解者を両手両足で数えた日々

MMTは今、異端扱いされているように見えるが、ミズーリ・カンザス市立大学の経済学教授ランディ・レイによれば、この理論がほとんど認定されなかった時代があった。

1998年に「現代金融解説」を書いたレイは、同意見の同僚の中で、どれだけの人がこの理論を理解したか数えたものだと語る。「10年後には、両手両足も使わないといけなかった。」

いまでは、ブログのおかげで、世界中に何千人もの理解者がいるという。特に、イタリアやスペインのような、経済難に見舞われている国々で。MMTは、統一通貨の宿命について早くから指摘してきた。金融の国家主権がなければ、危機において国家は役に立たなくなる。

米国では、少なくとも一人の大統領候補が、MMT理論に耳を傾けている。バーニー・サンダースのアドバイサーの中に、MMTのリーダー的存在がいる。サンダースが上院予算委員会に雇ったステファニー・ケルトンとジェームズ・K・ガルブレイスである。ガルブレイスの父親は、ジョンソン大統領の「偉大なる社会」構想に貢献したジェームズ・K・ガルブレイスである。

普及へのハードルは高い

この組み合わせは合理的だ。サンダースは、医療、教育、インフラに巨大な投資を約束している。財政のゆるみよりも緊縮の方が危険と見るエコノミストとは、相性が良い。

しかし、選挙運動に行ってみると、このバーモント州議員が「債務のタカ派」であり、支出計画は増税とドル単位で合わせられていることがすぐにわかる。

「彼は理論には興味がない」と、サンダースの政策ディレクターであるウォレン・ガンネルズは話す。「彼は、中間層を立て直し、賃金を上げ、他の先進国のどこよりも高い貧困率を必ず下げられる方法に興味がある」

つまり、MMTエコノミストを抱えた左派の候補でさえも、この主義主張を支持するにはいたっていないということだ。かようにこの理論の普及は難しい。

家計と政府債務のアナロジー

反論する人々は、金を刷れば国は最終的に、ジンバブエのようなワーストケースシナリオに陥ると論じる。貨幣発行が通貨価値を毀損し、紙幣から0がはみ出してしまうというのだ。

ベネズエラの過度な消費は、昨年、180%のインフレをもたらした。日本の場合はもっと複雑だ。長年の債務は、国債購入者を脅かしてもいないしインフレの発散も起きていないが、経済成長ももたらしていない。

バージニア大学の政治学教授ジム・サベージによれば、アメリカには特に、財政規律へのこだわりがある。これは米国の初期からみられるもので、「長年にわたり、英国にさかのぼる中央集権政治への恐れ」が、組み込まれているという。

レイは、アメリカ史には、それとは異なる考えが広まった時代があるという。第二次世界大戦では、米国の権力者は、長年忘れられていたことを学んだ。「常に労働可能な失業者はいて、彼らを働かせることができる」

サベージは、アメリカ人は歴史的に、家計と国家債務を結びつけて考えがちだという。このカテゴリーエラーはいまでもはびこっている。

2010年、政府職員への給料凍結を決定したとき、オバマ大統領は「中小企業や家庭は節約している。政府もそうしなければ」と語った。

このコメントに顔をしかめるのは、MMT理論家だけではない。多くのエコノミストが、家計が節約しているときには、需要の落ち込みを防ぐために、政府は逆のことをしなければならないと考えている。

しかしながら、この論議は、議会ではあまり影響力がない。連邦政府が、回復を持続するために、あまりにも多くの重荷を負ってきたからだと、ソシエテ・ジェネラルのマルコウスカはいう。

「金融緩和の決定をする場合には、一握りの人々の決定で済む。財政刺激に政治的合意を形成するとなると、もっと苦労することになる」

レイは、前回の景気の落ち込みの後、世論が変化することを期待した。大恐慌の後に、ケインズ経済学が台頭し、ニューディール政策が実施されたように。しかし「政策立案者に関していえば、実質的には何も変わっていない」という。

「国民の方に、変化が起こったと思う」と彼はいう。サンダースと共和党ドナルド・トランプの反体制運動は、考え方を変える一打となると。

「稀な経験」

ほとんどのエコノミストは、米国が直近で不況になるとは予想していない。しかし金融市場の混乱や、アメリカ政治の大騒ぎが加わり、誰も経済の不調に処方箋を見出していないという認識は強化されている。

超党派制作センターの副センター長である共和党のビル・ホーグランドは、議会予算局と上院予算委員会で、40年にわたり、米国の財政政策形成に携わってきた。

彼は、インディアナの農場での厳しいしつけによって、「ベルト地帯の外側の多くのアメリカ人に、いかに支出と収入をバランスしなければならないという考え方が染みついている。」かわかるという。政府債務は違うものだということは、彼は認める。長期的にバランスする限りにおいては、現在は需要を支えるため、債務を増やしてもいいだろうと考えている。

ホーグランドは、何よりも、根本的な変化が水面下で起こっていることがわかるという。2008年の「破壊的なイベント」は、過去に10回も起きていないような形で、アメリカの政治を変えつつある。経済学の正統派もヒットをくらっている。

「我々は、すべての経済理論が試されるという、非常に稀な経験をしつつある。」と彼は語った。

人民元売りは中国売りか

今年1月、ダボス会議で行われたブルームバーグのインタビューに対し、著名投資家ジョージ・ソロス氏が「中国経済のハードランディングは不可避」と発言し、同時にアジア通貨の売りも宣言したそうです。

この発言に中国の新聞は猛反発し「中国を空売りする者は必ず敗れる」などと、一斉に反応したとのことです。
参考:ジョージ・ソロス氏に「経済のハードランディング」を指摘され、逆ギレした中国の狂乱ぶり…

確かに、最近、様々なメディアで、中国の債務比率が拡大しているという警告が報道されたり、実際に中国重工業セクターの企業がいくつも債務不履行に陥るなど、中国経済には暗雲がたちこめているようです。

ジョージ・ソロス氏は、1992年のポンド暴落や、1998年のアジア危機をしかけた人物としても有名で、経済危機予測に関しては一目置かれています。

とはいえ、こうした予言は、当たれば人々の記憶に残りますが、当たらなければ記憶に残らないものです。

たとえば、ソロスひきいるヘッジファンドが2011年12月にイタリアの国債を大量に購入した直後、イタリア国債の利回りは下がり始め、2013年に4%台に落ち着きました。その年の5月にソロスは「過去数カ月にわたってイタリア国債利回りを押し下げていた市場の回復局面は長く続かない」と話しました。ところが2014年になると利回りは急降下、10年ものの国債利回りは、現在は1.535%になっています。

ソロスの予言といえども、当たり前のことではありますが、100%当たるわけではないということです。

中国の場合、他の先進国と異なり、一党独裁の社会主義国家であり、これまでの経済学の常識が効かないという話もあります。

それに、そもそも1992年にポンドが暴落したあと、イギリス経済はひどいことになったでしょうか。それどころか、1990年から2006年の間に、国民一人当たりの所得水準は、大幅に上昇しました。各国を比較した2015年のデータでも、日本よりもはるかに上位に位置しています。
参考:世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング

ソロスは1998年のアジア通貨危機を見通していたわけですが、アジア地域の経済は、むしろ、通貨危機の後に好況を迎えました。

つまり「通貨売り」イコール「その国売り」とは言えないのです。

中国はインフラ投資だけでなく、研究開発や教育への投資も非常に積極的です。今後は破壊的イノベーションが、中国から生まれる可能性は高いでしょう。

アメリカの経済学者タイラー・コーエンもこれに関しては「中国も人件費が高くなってきて、製造業の雇用がこれ以上アメリカから中国に流出することはないし、中国人の技術開発もすごいから、今後は中国人が新しくてすごいものをどんどん発明して、アメリカ人も恩恵を受けられるかも知れない」と楽天的です。
参考:Why There’s Hope for the Middle Class (With Help From China)

マクロ的にはあまり悲観的にならなくて良いようにも思いますが、かといって、個々にはそれなりに危機は起こるでしょう。それらに対して中国当局がどうコントロールしていくのかが見ものです。